18 . 発がん物質を消す食品成分

図27の右肩の発がん物質のところのバツ印とそれに付した食品成分名は、その食品成分が消化管の中で発がん物質を消してくれるという意味です。野菜、果物、緑茶に豊富に含まれるビタミンCは強力な還元剤で、ニトロソアミンなどの直接変異原をほぼ完全に分解します。含硫化合物とは広く野菜類に含まれているグルタチオンという成分と、タマネギの涙が出る成分やニンニクの臭みの成分であるチオシアネート類のことです。これらもビタミンCと同じ作用をもっています。ペルオキシダーゼとはわさびやダイコンにピリ辛さを与えている酵素ですが、新鮮なペルオキシダーゼは発がん物質を酸化分解します。また野菜、果物の食物繊維は発がん物質を吸着して便に排泄します(本シリーズの9、「食物繊維の8つの効能」参照)。このようにして口の中や消化管の中で発がん物質を消してしまえば、それらは体の中に吸収されることはありませんので、発がんのリスクは大きく軽減されます。ところが調理発がん物質のような間接変異原は消化管内で分解されることなく体の中に入り、曲がった矢印で示したように、発がんを開始します。しかしそれを抑える食品成分もあります。

―開始段階を抑える食品成分―
体内に入ってきた調理発がん物質は肝臓細胞内で代謝されて強い発がん物質になり、その細胞の遺伝子に変異を誘発します。そこで、調理発がん物質が誘発する変異を、野菜の成分がどの程度抑えるかを測定してみました(表3)。これは、肉、魚、大豆などタンパク質を豊富に含む食品100 gを90℃以上に加熱したときに生じる調理発がん物質を、遺伝子の変異が敏感に測定できる菌に与えて変異をおこさせ、そのときに同時に野菜の成分を加えると菌の変異を何%抑えることができたかを測定したものです。野菜は5 gを用い、人の体内に吸収される成分を抽出して用いました。その結果、例えば左の列のキャベツを見てみますと、生のキャベツ5 gの成分は100 gの調理タンパク質が原因する変異を22%抑えています。仮に、その5倍量の25 gのキャベツならばほぼ100%抑えるだろうと予測できます。もちろんこれは試験管内の測定結果で、そのまま人の食生活に適用できません。しかし、可能性として期待できます。そして最近になって、野菜やハーブに含まれる有効成分がいずれもフラボノイドとよばれる一群の成分であることが明らかになり、変異を抑える機構も明らかになりました。フラボノイドはCYP酵素の活性を抑えます。つまり、抱合酵素が調理発がん物質を無毒化できるようになるまでCYP酵素による調理発がん物質の酸化を遅らせるのです(本シリーズ7の「生活習慣病予防」参照)。昔は、肉を食べるときは、それと同じ量あるいはそれ以上の野菜を食べなさい、と教えられました。近代科学が解明する前に、昔の日本人は経験的に知っていたのです。日本の食文化はすばらしいです。
表3.肉、魚、大豆などのタンパク質食品を加熱調理したときに生じる調理発がん物質が遺伝子に誘発する変異を5 gの野菜が抑える強さ
野菜類 |
抑える率(%) |
ハーブ類 |
抑える率(%) |
うど |
18 |
オレガノ |
100 |
えんどう豆 |
35 |
木の芽 |
99 |
キャベツ |
22 |
クレソン |
62 |
ごぼう |
33 |
せり |
70 |
たけのこ |
27 |
月桂樹 |
83 |
トマト |
7 |
山椒 |
75 |
ナス |
21 |
生姜 |
69 |
にら |
79 |
セイジ |
82 |
ニンジン |
34 |
タイム |
100 |
ピーマン |
38 |
パセリ |
21 |
ブロッコリー |
79 |
ペパーミント |
79 |
みつば |
62 |
みょうが |
37 |
レタス |
40 |
めたで |
96 |
わけぎ |
5 |
ローズマリー |
83 |
ところで、表3には野菜14種類とハーブ14種類の数値しか載せていませんが、約300種類の食用植物を測定しました。その結果を平均すると、野菜類が変異を抑える活性はおおよそ35%で、ハーブ類は75%です。ハーブ類の方が相対的に強い抑制効果を示しています。これは、品種改良で食べやすい植物にするとフラボノイド含量が減るからだと考えられます。現在の野菜は長い間の品種改良を経ています。一方ハーブ類は未だ野生に近く、植物自身が自然界の様々な外敵から身を護るために、その作用を持っているフラボノイドを多量に作る能力を残しているのだと思われます。つまり、ステーキや焼き魚を食べるときは野菜ならばたっぷりと、クレソンや木の芽などのハーブならば葉の数枚を添えればいいのです。
―促進段階を抑える食品成分―
図27の発がんの(2)の段階は、活性酸素、ステロイドホルモン、プロスタグランジンなどで促進されます。活性酸素は遺伝子を酸化することで、遺伝子に追加の変異をおこします。これに対して、緑茶に豊富に含まれているカテキンは、顕著に活性酸素を消去します(本シリーズ4の「抗酸化食品」参照)。トマトに豊富なリコペンも同様に強い活性酸素消去能を持っています。人でその効果を証明したデータがあります。重症の肝硬変の患者さんは、5年後にその半数が肝臓がんになります。そこで46名の患者さんにトマト1個分の成分を、残りの45名の患者さんには色は似ているがリコペンを含まない偽薬を毎日服用してもらいました。そして経過を見ました。偽薬を飲んでいた患者さんは4年後に予測どおり半数近い人が肝臓がんになってしまいました。ところがトマトの成分を服用していた患者さんは16%の人しかがんになりませんでした。これだけ劇的に効く成分は医薬の中にもありません。さらに、リコペンが強力な抗酸化剤であることは科学的にも経験的にも証明されています。例えば、アルコールの飲みすぎで肝臓のアルコール処理能力が弱り、肝細胞に活性酸素が多く蓄積したときに、トマトを食べるとある程度活性酸素を除去します。

ビタミンEはいろんな野菜に含まれています。またその植物を食べる動物にも含まれています。ビタミンEは少量でも強力な抗酸化剤です(本シリーズ4の「抗酸化食品」参照)。ポリフェノール類の中でもっとも活性酸素消去能が高いのは緑茶のカテキンです。赤や紫の色素のアントシアニンも強い効果を示します。テルペンの代表はゴマのセサミンです。キサントフィルとはカロテノイドの仲間で、柑橘類の黄色のベータークリプトキサンチン、緑黄色野菜のゼアキサンチン、昆布やわかめのフコキサンチン、紅藻が作るアスタキサンチン(紅鮭はこれを食べて紅色になります)などです。
一方、含硫化合物は人の体に抗酸化酵素を作り出すようにはたらきかけ、人の体の活性酸素消去能を高めます。その代表例が、ブロッコリーのスプラウトに含まれているスルホラファンです。もちろん、ニンニク、タマネギ、ニラの含硫化合物も同じ活性を持っています。

ステロイドホルモンとは性ホルモンなどですが、それによる発がん促進とは性ホルモンの分泌が不規則になることによるものです。女性ホルモンの分泌異常で乳がん、子宮がんが、男性ホルモンの分泌異常で前立腺がんなどが促進されます。また、骨粗鬆症や更年期障害も同じ機構で促進されます。大豆、葛、イナゴ豆、牧草のアルファルファに豊富に含まれるイソフラボンは性ホルモンのはたらきを助けて顕著にがんを予防します。イソフラボンのがん予防作用は科学的に詳しく解明されていますが、その研究の発端は、日本など東アジアの人は世界平均の10倍量の大豆製品を食べており、乳がん、前立腺がん、子宮がんによる死亡率と骨粗鬆症の発生率が世界平均の7分の1だという事実からでした。
プロスタグランジンは血管を局所的に収縮させたり、逆に弛緩させたり、炎症修復の指示を出したりするなど、重要な生体成分です。しかし一部のプロスタグランジンは細胞の代謝活性を活発にすることでがん化を促進します。この悪い作用のプロスタグランジンを作る酵素がありますが、フラボノイドはその酵素活性を顕著に抑えます。結果としてがんを予防すること考えられています。
―発展段階を抑える食品成分―
発がん発展段階は、がん化した細胞が激しく増殖する段階、がん細胞専用の血管が作られる段階、がん細胞が血管内に出て別の場所へ移動しようとする段階に分けることができます。激しく増殖するというのは、健常な体では細胞を新しく更新するために数ヶ月から2年に一回細胞分裂しますが、がん化した細胞は26時間に一回細胞分裂をして増え続けます。約1日で数が2倍、2日で4倍、3日で16倍となるのですが、一ヶ月でどれくらいになるか想像してみてください。これががんの恐さです。もちろん増殖するか否かというチェックポイントが細胞に備わっています。このチェックポイントの制御能を無効にしてしまうのがオンコジーンとよばれるがん遺伝子の異常です。ところで、このチェックポイントを有効に戻す作用がある食品成分がいくつか見つかっています。数種類のフラボノイドとキサントフィルのフコキサンチンです。とくに昆布やわかめに豊富に含まれるフコキサンチンは、がん細胞の増殖を止め、さらにそれをアポトーシスという細胞自殺に導いて、消去してしまう作用を持っています。ところで、細胞分裂を止めたり、細胞を自殺に導く作用は、正常な体の細胞にも作用してアポトーシスを誘導するのではないかという懸念があるかもしれません。それはほとんどありません。上で書きましたように、がん化した細胞の分裂速度は正常細胞の約500倍です。つまりエネルギー源とするために様々な成分を正常細胞の500倍の速度で取り込んでいます。フコキサンチンも500倍の速度でがん化した細胞に集まります。体の中にがん化した細胞があれば、食べたフコキサンチンのほとんどがその細胞に集まるわけです。そして知らないうちにがん細胞はアポトーシスで消えています。
血管が作られるのを血管新生といいますが、フラボノイドやカテキンには血管新生を抑制する作用があります。ところで、がん細胞が別の場所に移るという発展段階では、がん細胞が必ず血液中に出てきます。私たちの血液中には悪い細胞を捕まえるお巡りさんのような役割を果たす白血球がいます。その白血球はがん細胞や病原菌を探し出して捕まえ、殺して消化してしまいます。ところが広いからだの中で、少ない数の白血球では色々な血液細胞の中にまぎれこんだがん細胞を見つけ出すのは容易ではありません。見逃すことが多いですし、見つけて捕まえたとしても、相手は活発に増殖できるほど元気のよいがん細胞です。強力な武器を持っていないと逃してしまうことがあります。白血球の数を増やす、白血球に強力な武器を与える、という2つがあればよいわけです。白血球の数を増す作用をマイトジェン活性、強力な武器を持つことを免疫賦活活性とよんでいます。もちろんこのような作用を持つ医薬はあります。しかし医薬は効果が強すぎて、白血球の数が増えすぎたり、武器が強力すぎて、体の正常な細胞をも次々と殺してしまうという強い副作用があります。食品成分の場合は効果が温和で、わずかしか白血球を増やしませんし、武器も少しだけ強力にします。さらに好都合なことに、この作用を持っている食品成分は体内に吸収されないものが多いのです。体内に吸収されませんから副作用を心配することはありません。そして、消化管の中で消化管の表面細胞にはたらきかけて、間接的に体内の白血球の活性を上げるのです。これは、乳酸菌などのプロバイオティックスの作用に似ています(本シリーズ9の「食物繊維の8つの効能」参照)。体内吸収されずにマイトジェン活性と免疫賦活活性を示す食品成分は、食物繊維のベーターグルカンです。とくに、キノコと海藻のベーターグルカンが有効です。シイタケのレンチナン、昆布、メカブ、ワカメに含まれているフコイダンの作用がよく解明されています。粘々成分が多いおくらやモズクも同じ作用を持っています。
このように整理するととくに強いがん予防作用を示すのは、フコキサンチンやフコイダンを豊富に含む海藻だと思われます。特異的に海藻を食べる日本人が世界一の長寿で、日本一長寿では最近まで昆布をよく食べていた沖縄の人であったことと、科学的ではありませんが、符合しているように思えます。
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