3.脂肪酸の効力
肥満の原因と目の敵にする人がいます。確かに脂肪のエネルギー価は高いのですが、それは数値上の話で、肥満の直接の原因は他にあります。脂肪はヒトに必須の栄養素です。脂肪を構成する脂肪酸は一種類ではなく、いくつかの種類があり、それぞれが重要なはたらきをしてからだの機能を調節しています。脂肪酸は細胞膜をつくりますが、いずれの脂肪酸が膜を作ったかによって、細胞の活力が大きく左右されます。また、脂肪酸はエイコサノイドという局所ホルモンに変ります。どの脂肪酸からホルモンが作られたかによってからだの機能が大きく左右されます。このことを発見したベルグストレ−ム、サムエルソン、ベインの3人が1982年にノーベル医学生理学賞を受賞しています。
―頭が良くなるDHA・EPA―
脂肪酸は飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分けられます。不飽和脂肪酸にはさらにn-3(エヌ マイナス3と読みます)、n-6、n-9の3種類があります。n-9はヒトの体内でつくることができますが、n-3とn-6は作ることができません。それぞれ適量を日々の食事から摂らなければなりません。食事からとった脂肪酸が細胞膜をつくりますが、細胞膜は生命活動のほぼすべてを担うタンパク質を支えています。したがって、どのような脂肪酸を食べるかよって生命活動が大きく左右されます。図4に脂肪酸の形を示しました。

n-3は輪の形、n-6は釣り針の形をしています。n-6は細胞のエネルギー生産機関であるミトコンドリア膜で必須です。エネルギーをつくる酵素がn-6によって支えられています。つまりn-6は生命活動を維持するため、体力を維持するために必須です。一方、n-3はナトリウム・カリウムチャンネルという神経活動を担うタンパク質を細胞膜に挟み込みます。神経細胞は日々n-3脂肪酸を更新して神経伝達を維持しています。つまり脳などの神経の動きにはn-3が必須です。
そこで、図5に食品中の脂肪酸組成をまとめました。

陸の動物の肉が含む脂肪酸はほとんどが飽和脂肪酸です。飽和脂肪酸は体内のコレステロール合成を上げます。動物の肉を多く摂る国では心筋梗塞などの循環器疾患が多いと報告されています。そして肉の不飽和脂肪酸のほとんどがn-6のアラキドン酸です。陸の植物も、大豆油、ナタネ油、サラダ油のように、ほとんどがn-6不飽和脂肪酸を含みます。n-3を豊富につくる陸の植物は少なくシソ、エゴマ、亜麻仁です。一方、海の植物性プランクトンはn-3を多くつくります。魚介類はこのプランクトンを食べますので、すべての魚介類と鯨などはn-3脂肪酸のDHA(ディエッチエー)やEPA(イーピーエー)を豊富に含んでいます。魚を食べると神経のはたらきが活発になり頭が良くなる、肉を食べると体力が付くといわれるのは、それぞれの脂肪酸のはたらきです。どちらがいい悪いではなく、いずれも必要です。
―生活習慣病予防―
脂肪酸にはもう一つ重要な役割があります。体内でエイコサノイドというホルモンの様なはたらきをする成分に作りかえられることです。エイコサノイドは5分以内で分解し、ごく限られた部位で短時間作用します。例えば血管が破れて内出血した場合、破れた場所を塞ぐために、血小板を集めて蓋をする指示を出します。破れた部位の近傍だけに、短時間だけ作られるのです。仮に全身で作られるとたちまち血の流れがすべて止まってしまうからです。一方、修復が終わると血小板を集めるのを止めるエイコサノイドがつくられます。この他に血管を拡張させたり弛緩させたり、気管支を収縮させたり弛緩させたり、またアレルギーにかかわったり、睡眠や体温調節にかかわるエイコサノイドもあります。そして、n-3とn-6がつくるエイコサノイドの役割は異なります。大まかに区別しますと、n-3は弛緩側を、n-6は収縮などを担います。つまり、食事からのn-3量がn-6量より多ければ、血管を弛緩させるエイコサノイドが作られやすくなり、アレルギーにも鈍感になり、がんの成長も抑えられます。しかし、内出血は止まりにくくなります。このようにn-3とn-6の摂取比が生活習慣病に深く関係していると考えられています。
―推奨摂取量―
そこで、推奨摂取比ですが、「日本人の栄養所要量」ではn-3とn-6の比率を1:4としています。しかしこれは現状の摂取比を示しているだけです。「サプリメントのうそ・ほんと」のその1の図1に示しましたように、高血圧などの循環器疾患が少なかった昭和中期以前の摂取比は、魚を多く食べましたのでn-3:n-6は5:1でした。循環器疾患が無かったといわれるイヌイット(エスキモー)も同様の比率でした。これを踏まえて西欧と米国は2:1としています。しかし、現代の食生活では2:1は実行が困難です。そこで、海の脂肪酸のDHAやEPAがサプリメントとして売られています。このDHAやEPAの「うそ・ほんと」を判定しますと、摂らないよりはよいという意味で「ほんと」ですが、その程度の量で足るだろうかという意味では「うそ」です。DHAやEPAの錠剤をたくさん摂っても、牛肉や豚肉を多く食べれば無効になります。むしろ脂質のカロリー過多の方が問題になります。n-3とn-6の比率が重要ですので、錠剤に頼らずに、前回に示しました図3のピラミッドを参考に、毎日の食卓で肉半分、魚半分を心がける方がよいと思います。

―トランス脂肪酸―
飽和脂肪酸は、豚のラードが固体であるように、常温では固体です。不飽和脂肪酸は魚油やナタネ・大豆油が液体であるように常温では液体です。飽和脂肪酸を多く含む牛乳から固体のバターを作ることができますが、魚油やナタネ油からはできません。しかしバターの製造には高い経費がかかります。そこで安価に液体油からバターを作ることが考えられました。不飽和脂肪酸の不飽和に水素を入れて飽和脂肪酸へと化学合成すればいいのです。このようにしてバターの様な食品が作られました。しかしバターではありませんのでマーガリンと名付けられました。マーガリンは19世紀末に油を混合したバターの様な食品に用いられていた名称ですが、これが転用されました。現在市販されているマーガリンは食品の法律ができる前に名付けられた食品ですので、法的規制がありません。ところで、不飽和脂肪酸をマーガリンの飽和脂肪酸にする合成反応でトランス脂肪酸が一部生じます。トランス脂肪酸は立体的な形が図4の飽和脂肪酸と同じで、体内での代謝速度も遅いのです。欧米ではトランス脂肪酸の摂り過ぎが懸念され、摂取基準が設けられています。日本人のマーガリンの消費量はそれほど多くありませんので、日本では規制がありません。

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