8.戦時中の生協(1)


戦時体制がすすむなか国策に巻き込まれる消費組合
 昭和11年2月26日、陸軍の青年将校らが政府閣僚5人を殺傷し、武力で首相官邸を制圧するという暴挙に出た。いわゆる「2・26事件」である。これを機に、政府内における軍部の発言力が強まり、戦時体制が一気に加速していった。
 昭和12年の蘆溝橋事件に端を発した日中戦争は、まさに「大陸、南方への進出」という国策を推進するものであった。これにともない、軍事需要が増加。重工業などがにわかに活況を呈する一方、ばく大な軍事費の調達が急務となった。政府は「国家総動員法」の施行によって、国民すべてに戦争協力を呼びかけるとともに、国債の購入や国民貯蓄を奨励。「消費節約」「生活改善刷新」「貯蓄報国」のスローガンのもと、銃後の後援を求めた。
 灘・神戸の両組合も、こうした時代の流れに否応なく巻き込まれていく。昭和12年11月に開催された全国消費組合協会研究会では、戦時体制下において「難局を克服するために、一致団結して備えよう」との決議案を採択。具体的には、包装の簡素化やガソリンの節約といった、ムダ排除の徹底などを推進。さらに「生活の合理化によって、1口2円ずつの余裕金を積み立てて、国策に協力するために、神戸消費組合非常時生活実行国民貯蓄組合を設立しました」(『新家庭』昭和13年6月26日)とあるように、機関紙を通 じて、組合員にもさかんに節約や貯蓄を呼びかけている。

慰問袋の募集や不用品交換会など後方支援に努めた家庭会活動
 「戦地には酷寒が迫っています。兵隊さんに真心のこもった慰問袋を送りましょう」(『協同』昭和13年11月1日)
 こんなメッセージとともに、灘購買の家庭会では慰問袋の募集を行なった。慰問袋の中身は、ドロップやようかん、靴下、みかんの缶 詰など。翌月の『協同』には、この呼びかけに対し、約1000個の慰問袋が集まり、戦地に送ったと感謝の報告がつづられている。神戸消費組合の家庭会も同様で、異国の地で戦う兵士たちのためにと、精力的な慰問募金を展開した。
 こうした慰問募金や毛布献納運動に加え、灘購買組合は、昭和13年8月に第1回「不用品交換会」を開催。阪神大水害の直後ではあったが、大量 の出品物が集まり大盛況となった。続く10月には、八幡、住吉、芦屋の3会場で開催。約320円(当時の灘購買組合では、15キログラムの上白米を3円80銭で供給)の利益を献金している。
 また、時局がすすむにつれて徴兵動員も増加。神戸の家庭会では、昭和13年5月に出征組合員の遺家族慰安大会を開き、神戸市の青年会館に230人を招いている。遺族に対する感謝の言葉やあいさつの後、映画の上映会を実施するなど、夫や父を戦地に送り出した遺族の心を慰めた。
 友愛や協同、相互扶助の精神を基盤にしていた家庭会活動だが、その思いが結果 として、戦争協力に結びついてしまったのは、何とも皮肉なことであった。

人材の育成をめざし消費組合学校が開校
 組合員の家を1軒1軒まわって注文をとる御用聞きは、組合と組合員を結ぶかけ橋の役目を担っていた。それだけに、灘・神戸の両組合とも、職員育成には心血を注ぎ、それぞれが職員教育のシステムづくりをすすめた。丁稚、見習い徒弟制度がなお残る当時、こうした人材育成制度は、実に先進的な取り組みだったといえる。
 昭和12年4月に開校した「神戸消費組合学校」では、高等小学校を卒業したばかりの13人が第1期生となった。学校は家庭会本部の2階にあり、最初の3カ月は組合運動の歴史や原理、聖書の講義、経済概論、一般 教養などを学ぶ。その後の3カ月、牛乳配達の実習と講義を受け、卒業生は職員として入所した。
 灘購買組合でも、甲陽、伊丹、共益社と合同で、昭和13年4月に消費組合学校を開校。講師に賀川豊彦、杉山元治郎(日本農民組合初代組合長)といった組合運動の指導者のほか、関西学院や神戸商大などの第一線の教授陣を招いている。生徒には大学卒もいれば、高等小学校卒もいるという構成で、55人が西宮郊外の「一麦寮」に集まった。
 しかし、「組合事業の将来に対して明るい希望を与えるにあります」(『協同』昭和13年4月)との目標を掲げた組合学校も、軍需工場への徴用や徴兵などで人材の確保が困難となり、やがては閉校へと追い込まれていく。
BACK NUMBER    
1.2つの生協が誕生 11.生協法制定 21.播磨生協と合併
2.御用聞き制度発足 12.流通近代化に向けて 22.阪神・淡路大震災(前編)
3.家庭会の発足 13.「灘神戸生協の誕生」 23.阪神・淡路大震災(後編)
4.最初のセルフサービス店の試み 14.店舗・支部の拡大強化 24.震災からの復興(前編)
5.反購買組合運動 15.コープ商品開発 25.震災からの復興(後編)
6.甲陽・西宮・伊丹などとの合併 16.オイルショック 26.二十一世紀の新しい生協をめざして(最終回)
7.阪神大水害 17.商品検査室開設  
8.戦時中の生協(1) 18.支部改革  
9.戦時中の生協(2) 19.生活文化・平和・福祉活動  
10.戦後の苦境 20.コープこうべに名称変更