22.阪神・淡路大震災(前編)


想像を絶する震度7の激震
「阪神・淡路大震災」発生
 始まりは、すさまじい爆発音であった。地中深くで眠りを覚ました途方もないエネルギーは、次の瞬間、兵庫県南部一帯を激しく揺るがし、容赦なく破壊していった。
 平成7年1月17日、午前5時47分。未曾有の被害をもたらした「阪神・淡路大震災」の発生である。
 なかでも多大なダメージを受けたのが、震源地の淡路島北部から神戸・阪神間にかけての市街地、とくに活断層の上に広がる一部地域では、震度7の激震が記録された。激震とは「家屋倒壊が30%を超える状態」を意味しており、家屋はもとより、頑強なはずのビルやマンション、高速道路までもが、無残な姿で倒壊。
 さらに各地で断続的に発生した火災は、消火の手立てもなく、見る見るうちに燃え広がっていた。死者6430人、行方不明者3人、負傷者4万3782人、51万2857の家屋が全半壊もしくは全半焼の被害を受けた(消防庁調べ)。まさに、想像を絶する自然の猛威であった。
 この被災地を活動エリアとするコープこうべは、当然のごとく壊滅的な打撃を負った。メイト、アルバイトも含めて11人の職員が死亡。家族を亡くした職員、住居を失った職員も少なくなかった。また、コープこうべの心臓部ともいうべき本部が横倒しになって倒壊し、宿直していた警備員1人が帰らぬ人となった。
 店舗、協同購入センターなどの施設は、12カ所が全壊。半壊や損傷も含め、最終的には500億円を超す甚大な被害が発生したのである。これは出資金(当時約364億円)を大幅に上回る、途方もない損害金額であった。わずか20数秒間の揺れを境に、コープこうべは重大な危機にひんしたのである。

ライフラインが寸断された被災地の
真っただ中に「緊急対策本部」を設置
 夜明けとともに、その被害のすさまじさが見えはじめた。美しかったまちは、もはやガレキの山と化している。しかし、この惨状に絶望したり、悲しみにくれているひまはなかった。「一刻も早く、なんとかしなくては」と震災発生直後から、役職員が続々と本部に集まりはじめていた。本部ビルが倒壊のため、その日の午後には生活文化センター1階に「緊急対策本部」を設置。不気味な余震が続くなか、被災者支援の第一歩を踏み出したのである。
 とはいえ、電気・ガス・水道・電話に加え、道路網も寸断された被災地の真っただ中では、被害状況の把握すら困難であった。駆けつけた職員が、自転車やバイクで各地区本部へ安否確認などの情報収集に走り、持ち帰った情報を取りまとめながら対応していくしかない。
 各事業所の職員もまた、それぞれに奮闘していた。崩れ落ちた店舗でも、出せるだけの商品を取り出して青空供給したほか、六甲アイランドの食品工場では支援物資のパンの搬送を、神戸市のヘリコプターで行なった。さらには、圧倒的に不足していた棺おけの組み立てや遺体の安置に協力するなど、だれもが可能な限り被災地の救援活動に全力を尽くしていた。

「愛と協同の精神」を発揮し
全国の生協から続々と届いた支援の手
 1月19日に発行された『にじの友』臨時号の第1号は、ワープロ打ちのメッセージをコピーした簡単なものであった。職員への激励に加えて、「全国各地から救援の申し出をしていただき、いろいろな救援物資が届き、応援の職員が駆けつけてくださっています」とつづられているように、早くも全国の仲間から支援の手が続々と届いていることを伝えている。
 日本生協連では、震災発生4時間後に支援対策本部を設置し、素早く救援物資の手配を開始。翌日には、大阪の関西支所内に現地対策本部を設け、コープこうべ支援の窓口を引き受ける。また、日本生協連の動きとは別に、迅速な支援行動をとった生協も少なくなかった。こうして、北は北海道、南は沖縄の生協まで、全国各地から途絶えることなく支援が集まる。
 人的支援は約3カ月でのべ9258人、救援物資は最終的に約4360万円相当にものぼっていた。しかし、支援は数量の多寡ではない。協同の仲間による手厚い助けが、混乱を極めた被災地で奮闘するコープこうべの職員をどれほど励まし、支えたことか。
 さらには、被災者である組合員自身も、コープこうべの力強い支援者となっていた。人手が足りない店舗では、片付けや供給を手伝う組合員の姿が見られた。また、寒風吹くなかを我慢強く行列し、ごく少量の供給物資をみんなで分け合うこともあった。「愛と協同の精神」こそが、絶望と悲しみに包まれたこの時期を乗り越える、一筋の光明であった。
BACK NUMBER    
1.2つの生協が誕生 11.生協法制定 21.播磨生協と合併
2.御用聞き制度発足 12.流通近代化に向けて 22.阪神・淡路大震災(前編)
3.家庭会の発足 13.「灘神戸生協の誕生」 23.阪神・淡路大震災(後編)
4.最初のセルフサービス店の試み 14.店舗・支部の拡大強化 24.震災からの復興(前編)
5.反購買組合運動 15.コープ商品開発 25.震災からの復興(後編)
6.甲陽・西宮・伊丹などとの合併 16.オイルショック 26.二十一世紀の新しい生協をめざして(最終回)
7.阪神大水害 17.商品検査室開設  
8.戦時中の生協(1) 18.支部改革  
9.戦時中の生協(2) 19.生活文化・平和・福祉活動  
10.戦後の苦境 20.コープこうべに名称変更